やっかいな王子様
ピュアピュア男のピュアピュア思考ってやつは、本当にやっかいだ。 今まさに目の前にいるピュアピュア男、ロベルト=クロムウェルを前にアイリーンは心の底からため息をついた。 「あんたね・・・・」 「・・・・なんすか?」 一拍開けて返ってきた返事は、いつもの胡散臭さを感じさせる調子のいいものではなく、妙に沈んだもので。 ギルカタールでは珍しいシルクハットとスーツの男が纏う空気は、ここがロベルトの存在が不可欠なモンスター一杯のオアシスでなかったら、すっぱり置き捨てたくなるほど鬱陶しい。 「・・・・ロベルト」 「・・・・だから、なんすか?」 「あんた、一体何拗ねてんのよっ!!!!」 オアシスの水面を揺らすほどのアイリーンの怒号が響き渡った。 心なしか、近くからモンスターの気配が遠のいたような気さえするというのにロベルトは一瞬だけ目を丸くしただけで、すぐにむうっとした顔に戻ってしまった。 そしてぼそっと一言。 「別に、拗ねてなんかないっす。」 それを聞いたアイリーンは、深々とため息をついた。 さっきから怒っても、宥めてもこの一点張りなのだ。 そのわりに、いつもより目深に被ったシルクハットの下からは、「あんたのせいだ」と言わんばかりの視線がチラチラと飛んでくる。 (別に変な事言った覚えないわよ?) いい加減に怒鳴るのも体力の無駄なので、アイリーンは少し前の事を回想してみる事にした。 といっても、ほんの少し前まではいたって普通に会話していたはずだ。 否、むしろ良い雰囲気だったと言っても良いかも知れない。 ギルカタール王との取引期間も後半に入っているが、アイリーンが一番同行者として引っ張り出しているのはロベルトで、最近はロベルトも進んでアイリーンについて行きたがる程だ。 今日もロベルトを付き合わせてオアシスのモンスター退治に出かけた・・・・までは普通だった。 なんだか、昨夜読んだ本が面白かったとかでロベルトはやたらに上機嫌で、昼に向かって熱くなりかかっている砂漠の中も楽しそうに喋っていた。 (・・・・えーっと、思い出してみても本の話しかしてないような気がするんだけど?) いつぞやの砂漠のように元彼の話をしたとか、ロベルトのピュアピュア思考をからかったとか、そういう覚えもない。 「えー・・・・と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」 眉間に皺を寄せて考え込んでいたアイリーンは、やっとロベルトが機嫌を損ねる直前の記憶を引っ張り出した。 (そういえば、砂漠を抜ける前にロベルトが本の話してて、王女様がどうとか言ってたっけ。) 昨日、ロベルトが読破した本は彼の愛読書らしく可愛いお姫様が邪悪なドラゴンに攫われるところから始まって、勇敢な王子とその仲間達が力をあわせてお姫様を助ける王道中の王道なお話だったらしい。 『いやあ、やっぱいいっすよ。スリルにロマンス!そしてハッピーエンド!可愛いお姫様もいいんすけど、主人公の王子もまたよかったんすよねえ。そういえば・・・・』 (それから、たしか・・・・) なんだか目を輝かせたロベルトに聞かれたのだ。 『プリンセスの、王子様のイメージってどんなです?』 「王子様のイメージ。」 ぽそっとアイリーンが呟いた途端、ロベルトの肩がぴくっと動いた。 どうやら当たりらしい。 「でも、なんでそれであんたが拗ねるのよ?」 王子様のイメージの話をしたところまでは思い出したが、それがどうしてロベルトのこの拗ねっぷりにつながったのかわからないアイリーンは首を傾げた。 それを見てロベルトは口をへの字に曲げて抗議してきた。 「プリンセスってば、ひでえなあ。」 「は?何がひどいのよ?」 「ひどいっすよ。男心がわかってない。」 「男心って・・・・」 ロベルトの場合は男心というよりは、ピュアピュア思考のような気がするのだが、突っ込むと面倒なことになりそうなので、取りあえずそれは引っ込めておいた。 とにかく、今はツッコミよりこの鬱陶しい男をどうにかする方が先だ。 「何だかよくわかんないんだけど、別に王子様のイメージの話をしてただけでしょ?」 「そうっすね。・・・・プリンセスにとって王子様ってのは、誠実そうなんすよね。」 「ああ、そんな事言ったっけ。」 「誠実で、勇敢で、器が大きくて、美形で、間違っても胡散臭くなんかない男なんでしょ。」 一息にそこまで言い切って、ぷいっとそっぽを向くロベルトを見て、考え込むこと数秒。 「あ〜、そう言うこと。」 にやっと、おおよそ『普通』とはほど遠い笑みを浮かべたアイリーンに、ロベルトはぎくっとしたような顔をした。 その表情に、アイリーンはますます確信を深める。 「つまり、王子様のイメージを私に聞いてみたまでは良かったけど、聞いてみたらあんまりにも自分と正反対のタイプだったから、拗ねたってわけ?」 「なっ、そ、そういうわけじゃ・・・・そもそも拗ねてねえって」 「拗ねてるでしょ?」 パッと赤くなってもごもごと言い訳を始めるロベルトにアイリーンはたたみかけるように言った。 「うっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー!もう、そうっすよ!悪いっすか!?」 認めた途端に逆ギレしたロベルトに、アイリーンは弾けるように笑いだした。 「ちょっ!プリンセス!」 「だって!あはははははははっ!!」 「あー!笑いすぎですって!」 「わ、笑うなって方が無理・・だって、かわい・・・はははははっ!」 「ぜんっっぜん嬉しくないっす。」 「ははははっ・・・は、・・・・・・ね、ロベルト?」 へそを曲げて、赤くなった顔を無理矢理渋くしているロベルトをアイリーンはなんとか笑いを納めて呼んだ。 「はい?」 「良いこと、教えてあげようか?」 「?」 にっこりと笑って言うと、ロベルトは不思議そうな顔をする。 それをちょいちょいっと手招きすれば、そのまんまの顔で近寄ってきた。 さらに内緒話をするように口元に手を添えれば、自然とロベルトがアイリーンの身長に合わせるように背を屈めて・・・・ グイッ! 「わっ!?」 近くに来たシルクハットを、アイリーンは素早い動きで引っ張った。 途端に視界を遮られてロベルトが慌てた所を狙って・・・・ ちゅっ 「!?」 ロベルトが息を呑んで固まったのを確認して、アイリーンはとんっと突き放すように離れた。 瞬間、ロベルトが目に被っていたシルクハットを乱暴にむしり取る。 その顔は見事なまでに真っ赤で、アイリーンは込み上げてくる笑いを押し込めて極上の笑みを浮かべると、やっかいなピュアピュア思考男に向かって言ってやった。 「イメージはどうあれ、現実の『王子様』は胡散臭くてスリル狂で呆れるほどピュアピュア思考の男みたいよ・・・・私にとっては、ね。」 〜 END 〜 |